鎮魂の丘と粟津壕

昭和59年に慰霊の碑として東京都が建設しました。
摺鉢山を臨む小高い丘で、周りにはハイビスカスやブーゲンビリアなどが植えられています。
さらにこの丘の真下に南地区隊(地区隊長:粟津包勝大尉)の壕があります。

GoogleMapによる航空写真

鎮魂の丘案内板

鏡のような板に書いてありますので、写真にするには難しいです。
鎮魂の丘全体

坂を上がったその奥に慰霊碑があります。
鎮魂の碑、遠方に摺鉢山
鎮魂の碑の周りには水を溜められる「水盤」なる施工があります。
ここには約200Lの水が溜められ、英霊達の乾きを癒す意味を持っています。

水盤手前の慰霊碑。

悲しい海、悲しい空、今日も眞青く澄んでいます。
あなた方の悲しい死によって、あなた方の悲しい死をとおして、
私たちは今、漸く(ようやく)にして一つの考えを持つことができるようになりました。

もう自分ひとりの幸福を求める時代は終わった。
ほかの人が幸福でなくて、どうして自分が幸福になれるだろう。

もう自分の国だけの平和を求める時代は終わった。
ほかの国が平和でなくて、どうして自分の国が平和であり得よう。

あなた方の悲しい死に対して、私たちは今、
こうした私たちの考えを捧げたいと思います。
そして今はただ祈るばかりです。

御霊、とこしなえに安らかれど。

井上 靖
(原文のまま転載)
水盤近くの別の慰霊碑
丘の上にはこんな岩もあります。
南地区隊の戦闘は激しかったようで多数の弾痕が残っています。

丘に咲くハイビスカス
丘に咲くブーゲンビリア

粟津壕 鎮魂の丘の真下にある南地区守備隊の壕です。
内部は複雑な分岐になっているため、案内無しでは奥まで行けません。
また、その構造上、地上との出入り口も複数あります。

粟津壕案内板

こちらは鎮魂の丘の真下にある入り口です。
この様に入り口に案内板がある壕は結構大きめの壕です。
壕入り口

照明設備はありません、懐中電灯が必要です。
こちらは鎮魂の丘とは道路を隔てた側の入り口です。
入り口

大人1人が屈んでようやく通れる位の大きさです。
壕内部のドラム缶

この壕内部は整理されていて、遺品関係は少ないです。