摺鉢山(すりばちやま)

硫黄島で一番の標高の高い山で島が一望できます。
昭和57年には標高167mありました、2008年現在GPSナビゲーターで測ると178mありました。
断続的な隆起現象で年々高くなっているようです。

天辺から見ると摺り鉢の形をしているのが名前の由来ですが、別名「パイプ山」とも言われてもいます。
頂上には日米両軍の慰霊碑、記念碑、大戦の残骸等があります。

GoogleMapによる航空写真

摺り鉢山全景
南海岸より。
山頂でのGPSナビゲーターによる測定値。
撮影:たけちゃん氏
摺鉢山関連の壁紙を6枚程。
6枚共、クリックすると横1280ピクセルで拡大されます。


    
登山道から見た摺鉢山中腹です。

映画に出てくるような山側面のトーチカは、埋もれてしまっているのか、
残念ながら現在では見る事が出来ません。
山頂付近

登山道(舗装済み)を延々と登ってくると、
標高178m(2008年6月現在)の山頂に着きます。
山頂から見た硫黄島全景

素晴らしい景色が展開されます。
島を一望出来るロケーションと、全方位の水平線、地球全体が見渡せる感覚です。
あの爽快感が写真では伝わらないのが残念です。


こちらは夜の摺鉢山より。島の外周は街灯がないので、
自衛隊の基地以外は闇になります。


摺鉢山山頂で黙祷後にポーズを決める管理人(アップは勘弁してください(-.-;))
米軍上陸記念碑

ここを訪れた現海兵隊員達が、その勇気を見習おうと認識票を置いていってます。
五枚目の写真撮影:たけちゃん氏
   
星条旗を立てた位置の標識

上陸記念碑の裏側にポツンとあります。
書いてある名前はJohn.H.Bradley。これは「ドク」の事ですね。

設置者はJamesでしょうか?
星条旗のミニチュア

上陸記念碑の裏側には星条旗のミニチュアなんかもあったりします。





第一・第二御楯特別攻撃隊慰霊碑

第一御楯(みたて)特別攻撃隊とは、大村謙次海軍中尉率いる12機の零戦と
2機の偵察機「彩雲」からなる特別攻撃隊である。
昭和19年11月27日午前8時、
硫黄島千鳥飛行場から飛び立った攻撃隊はサイパンの米軍基地を攻撃した。

24日にB29が東京を空襲したため、
その基地であるサイパン島を奇襲しB29等を破壊するのが目的であった。 

レーダーに捕捉されないよう海面すれすれの高度で1000キロ以上飛行の後、
攻撃隊は地上で出撃準備中のB29へ銃撃を加えた。

しかし猛烈な対空砲火と執拗な米軍機の追撃のため、
生還したのはわずかに偵察機の彩雲1機だけであり、
当時は戦況や戦果が不明のままであった。
戦後になって、4機のB29を完全に破壊炎上、6機を大破、
23機を小破させるという予想以上の大戦果を挙げていることが判明した。 

また、大村攻撃隊長は、全弾を撃ち尽くした後、サイパンのアスリート飛行場に強行着陸、
拳銃を手に単身米軍陣地へ突撃を行い、米兵との銃撃戦の末に戦死していたのである。 
さすがの米軍も大村隊長の勇敢な行動に驚嘆し、遺体を手厚く葬っていたという。

第二御楯特別攻撃隊は、千葉県の香取海軍航空隊で編成された
22機からなる特別攻撃隊である。

昭和20年2月16日、
香取の六〇一航空隊(空母の飛行隊として訓練を受けた精鋭部隊であったという)に
特攻隊の編成が下令された。
隊の編成に当たっては、2人乗りの艦上爆撃機「彗星」や、
3人乗りの艦上攻撃機「天山」の偵察員や電信員を
わざわざ搭乗させるかどうかが問題となった。

しかし、搭乗員達の「死ぬときは一緒と誓い合ったのに、
体当りには不要だからといって降りるわけにはいかない。」との熱望があり、
結局全機が定員どおりの搭乗員で出撃することとなった。 

隊は、基地から出撃後硫黄島上空に到達、2月21日夕、
1機が米正規空母「サラトガ」の艦首に体当りして猛烈な火災を起こし、
もう1機が側面に命中して格納庫を爆発させた。
更に1機は命中直前で撃墜されたもののそのまま海中を突き進み、
艦の喫水線下に大きな穴をあけた。
更に1機が甲板に激突し火災を拡大した。「サラトガ」は大破して、
この後本国に回航されて修理されたが、戦場には戻ることができなかった。

また、護衛空母「ビスマルクシー」には2機が飛行甲板に体当りし、
戦闘機部隊を収容したばかりの同艦は艦内で誘爆を引き起こし、
350名の乗員を乗せたまま沈没した。

以下、参考文献より抜粋
画像は読みやすい様に、加工してあります。
整然と並ぶ慰霊碑


   
日本軍将兵顕彰碑

映画の冒頭にも出てきますね。
硫黄島守備隊は日本全国からの召集でした。
その意味を込めて、顕彰碑には日本各地からの石がはめ込んであります。

 
山頂から見た沈船群と千鳥飛行場付近のトーチカ群。
トーチカ群は今では丸見えですが、当時は念入りに擬装していたとか。


   摺鉢山東斜面より南海岸を臨む
活火山と言う事もあり、花崗(かこう)岩と硫黄が混ざってます。

摺鉢山南斜面

ここは噴火口を見る事が出来ます。
強烈な硫黄の臭いと僅かに感じられる熱気。
山頂のトーチカ

山頂東部に少しだけ突き出たコンクリート製の立派なトーチカがあります。
ここのトーチカは北西向きに設置していまして、
米軍の上陸地点の南海岸に向けての砲撃は出来ません。

   
山頂南側にコンクリートの残骸があります。
何に使われていたのかは不明ですが、
中央に何かを回転させる様な台座らしき跡から推測すると、
この地点に砲台があったのかも知れません。

  

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