2008年 島根県・山口県旅行 08/02~08/09

2008/09/04UP
2008/09/16 文章追記・HTML修正
2008/10/14 文章追記・HTML修正
2008/12/31 HTML修正
2010/06/17 HTML修正
2010/11/29 HTMLの構成変更と主要駅のスタンプを掲載しました(益田・浜田・新山口・津和野)。


・序章

とある日の朝、新聞をみて興味深い記事が目に付いた。新聞は2007年11月18
日の朝日新聞で、
内容は2009年春のダイヤ改正において栄光の九州行きブルートレイン(以下ブルトレ)が全廃されるかもしれないというのだ。

朝日新聞2007/11/18の記事

小生、昭和52年頃のブルトレブームに、東京駅を半ズボンでカメラ片手に走り回っていた世代。
その頃、花形の寝台列車を見て「いつかは乗ってやる」と心に誓った少年でもあった・・。
それから30年近くの歳月が流れ、すっかり鉄道から離れた自分が存在し、ブルトレの事など忘却の彼方に置き去られていた。
だが上の新聞記事を見て、心の中にあった何かが沸き上がってくるのを感じずにはいられなかった。

ブルトレブームの頃、自分の憧れの対象だった列車が廃止されてしまうかもしれない。
・・・・知らなかった、ブルトレ達がそこまで追い詰められていたとは。
調べてみれば、すでに「さくら」「あさかぜ」などの大御所は消滅しているではないか。
「乗るしかない。JRから正式発表が出されれば、駆け込み需要で混雑してしまう、乗るなら今年の夏休みだ。」
幸いと言うか、妻の両親の実家が島根県の益田市にある。その気になれば下関まで乗れる。
子供達にもブルトレを体験させてやりたいのと、SLやまぐち号にも乗せてやりたい一心で、父親の決意は固まるのであった・・・。

さて、とにかく資料が無いのでは話にならぬ。まずは時刻表の購入だ。
書店で大型の時刻表を購入する。何十年ぶりの購入だ、懐かしい。
家に帰り、自分の乗るであろう路線を調べ始める。気分は貴樹だ(分かる人だけで良いです(笑))。
かつては存在していた数々の路線が無くなっている、あれだけあった特急達も無くなっている。
悲しかった、現実を受け入れるまで数分の沈黙が流れた。

まあいい。それだけ年月が流れたと言うことだ。自分も歳を取った、子供も大きくなった、そう言うことだ。
さて東海道線下りのページだが、東京駅の寝台列車が発車する夕方以降を見ても、
流れ星の記号は「はやぶさ・富士」と「サンライズ出雲・瀬戸」臨時の「サンライズ・ゆめ」だけだ。
「今の人達は寝台列車は使わないのか、みんな他の交通手段なんだな」と心の中でつぶやく。
食堂車もロビーカーもシャワーブースもない。かつての花形特急とは思えない程の車内設備の陥落ぶりだ。

それでも乗るのだ。寝台列車の醍醐味はかつての常磐線経由夜行急行「十和田」で十分知っている。
設備が陳腐になっていても寝台列車にしか味わえない醍醐味がある。
そう、あの時に抱いた夢のように「蒼い流れ星」となり、闇夜を一気に駆け抜けるのだ。
そもそも夜行列車は金太郎飴の様で、何処を切っても美味しいのだ。何のためらいもなく計画は進行していくのであった。

最初に立てた計画はこうだ。
東京から新山口まで「はやぶさ・富士」、そこから山口線のSLやまぐち号と山口線で益田まで行く。
帰りは出雲市まで出て、サンライズで東京まで。昔の金欠時代に比べれば何と贅沢なコースなのか。
昔は時間も列車もあったが金がなかった。今は逆で時間も金もそこそこある。しかし列車が無いのだ。
そんな矛盾を感じつつ、せっかくなので贅沢をさせてもらおう。時刻表のページをめくる指の速度が増していくのであった


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