2008-08-08(金)晴 旅行七日目 津和野観光二回目とSLやまぐち号

いよいよ、旅行もあと二日となってしまった。あっという間の一週間だった。
しかし、まだ楽しみは残っている。「SLやまぐち号」と帰りの「ブルトレ」だ。
午前中は身の回りの整理で終わる。時計を見ると9:00過ぎだ。DDはもう行ってしまったなぁ。

石見津田の駅で3451Dのアクアライナーを待つ。10:18分の予定だが10:35になっても来ない。
実はこの日、岡見~鎌手間で人身事故があり、山陰本線は昼頃までダイヤの大幅な乱れとなったのだ。
単線なので下りが不通になれば上りも不通となる。列車は一切来ない。

山口線は通常運行なので、このままでは乗り遅れてしまう。
叔父に益田の駅まで送ってもらい、そこから山口線に乗る。
益田駅だが、以前に来た時よりも開発されていた。
駅前の大きなショッピングセンターなどは、9年前には無かった。
だが駅舎自体は変わっていない(なぜか駅構内に薬屋がある)のだが、駅の周りが開発されているのだ。

列車は益田発11:14の2546Dだ。
益田駅には先程の人身事故のため、動きの取れない「スーパーおき2号」が停車している。
本来なら益田を10:31分の発車だが11:10現在、まだ動いていない。

益田発山口行きの2546D車内。キハ40 2095。左側の窓には動きの取れない「スーパーおき2号」が。

五日間お世話になった叔父に別れを告げ、定刻発車。
途中、「日原」と言う駅に停車する。天文台が有名な場所だが、
駅のホームに12星座を象ったオブジェを発見。列車のお客さんは自分の星座を探すのに必死だ(笑)。

日原駅の12星座のオブジェ。この駅で降りる人は意外に多い。

山口線は津和野を目指してひたすら走る。
のどかな田園風景の中に、鮮やかに映える「石見瓦」の真っ赤な屋根がとても印象的だ。
それにしても田舎は家が大きい。叔父の家もそうなのだが、坪数が半端じゃない。
自分の住んでいる場所とは比べものにならない。定年後は田舎でスローライフを楽しみたくなる。

石見瓦の家屋と田園風景。

のんびりしているうちに津和野に到着。2回目の降車だ。
改札の前にある、顔出しの写真台で記念撮影。ハハハ、背の低い息子の方が貴婦人とはな。
さて、やまぐち号の出発までは時間があるので、またまた津和野観光。
今回は8/5の補完で、見られなかった場所をゆっくり再見しようと言う訳だ。

まず、昼時なので昼食を。前回気に入った店、「みのや」へ直行。
父はざるそば大盛り、母と娘と息子はそうめん。デザートに「きなこ餅」と「栗ぜんざい」。
やはりここは美味しいな。また津和野に来る機会があったら寄らせてもらおう。

「みのや」のきなこ餅。要は安倍川餅。

おっと時計を見ると12:30だ。もうすぐ津和野駅に新山口発の「SLやまぐち号」が到着する。
子供達を連れて、みのやの裏手の駐車場に行く。
遠くからの汽笛が「フオッ」っと聞こえる。もうすぐ来るのかな?
すると間髪入れずに「SLやまぐち号」が到着。停車モードに入っているので速度が遅く物足りない。
「こんなもん?」と何か期待外れのような気持ちになる。
改造12系のレトロ客車も何だか窓が小さいような気がした。所詮は改造の12系かとちょっぴり虚しくなった。

さて発車までは津和野の観光だ。
今日はゆっくりなのでお茶でもしようと喫茶店に入る。暑いしね。
「沙羅の木」という大型の喫茶店&土産屋だ。中では源氏巻の製造過程を見学できる施設がある。
その場で購入できて、試食もあるので早速頂いた。

「沙羅の木」内の源氏巻工場。
自動化による大量生産。
次々と出てくる源氏巻。
食べ放題にして下さい(笑)

以前に「竹風堂」の源氏巻を食していたせいか、美味しく感じない。
これ以上書くのは差し支えるのでやめておくが、我々は早々に店を後にした。

次はカトリック教会。静粛な雰囲気が漂う、中規模な教会だ。
中は珍しい畳敷き。靴を脱いで中に入る。
壁面にはキリストが処刑されるまでの過程が13枚の絵で展示されている。
「13枚」とは何とも不吉な枚数だ。その絵を食い入るように見ている娘が印象的だった。

教会前の堀にいたハグロトンボ。
鯉がでかいw
津和野カトリック教会。
乙女峠のとは違う。
教会内部


時間が迫ってきたのでそろそろ駅に戻る。津和野の町をゆっくり満喫できた。
次回、この町を訪れられるのは何年後だろうか。とても楽しみだ。

津和野駅
津和野駅時刻表

津和野の駅に着くともう「SLやまぐち号」が入線している。
早速ホームに行き、娘と撮影しまくりだ。娘は背丈が低い分、私とは違った構図になる。
たまにそれが新鮮な絵に写るときがあり「ふ~ん」と感心させられる。

今回の乗車券。三号車(昭和風)車両だ。

ホームに停車中のやまぐち号。改造12系の旧客もどきだ。
機関車の方に向かう。お客さんで賑わっている。我々も記念撮影をしてから指定席に戻る。
そう言えば機関士さんから石炭をもらっている子供達がいた。
ダメ元で聞いてみると、快くもらうことが出来た。

機関士さんからもらえた石炭。娘はこれが燃えるのがとても不思議らしい。

今回は「昭和風」も車両だが、内部を見た感想は「まあ、こんなもんかな」と。
むしろ「欧風」の車両の方が豪華でよさげな気がした。

津和野駅に停車中のやまぐち号。
テールマーク
蒸気機関車C57 1
愛称は「貴婦人」
津和野駅駅名標。
雰囲気出しています。
昭和12年製造。戦前ですな。
津和野駅ホームにて。
やまぐち号とキハ47
昭和風車両形式。
12系客車の改造です。
昭和風車両内部。
レトロな客車に空調は似合わない。

発車の時間になる。大きな汽笛の音と共にやまぐち号は走り始めた。
SLの列車に乗るのは初めてなので、この緩やかな加速感はSLならではと感じた。
車掌さんが検札に来る。それと同時に乗車記念のピンバッジをもらう。スピードくじ付きだ。
このクジでも娘の強運が試されたが今回は残念、家族揃って全滅でした。
特製缶入りのチョロQ、欲しかったね。

乗車記念のピンバッジ(スピードくじ付き)。我が家は四人なのに車掌さんはなぜか五個くれた。

景色を眺めていた娘が窓の開閉用ノブをカチカチと操作する。最近の電車には付いていないので珍しいようだ。
昔の鉄道はこんなの当たり前だったのにね。
客車の窓開閉用つまみ。こんな物さえ今やレトロです。

勾配の手前では、釜の出力を上げるため、煙が多くなる。すると、どこからか煙が車内に入ってきて、
何とも言えない香りが車内に充満する。一度嗅ぐとなかなか忘れられない匂いだ。
これを書いている今でもすぐに思い出す事が出来る。
列車の窓にもススが付き始める。これぞ蒸気機関車列車ならではだ。

宮野駅で運転停車。
山口駅駅名標

途中、車内販売のおねーさんがやってくる。
飲食物よりSLやまぐち号関連のグッズの方が沢山乗っているワゴンだ。
ここから先はもう土産を買う場所なんてないし、またヲタ買いしますか。

まずは定番の絵葉書。
後々考えてみると、
なぜこんな物を買ったのか不思議だ(笑)
SLやまぐち号のチョロQ。
メモ帳とボールペン。
ボールペンはただのそれで、
全然やまぐち号と関係ないデザイン。
チョロQのアップ。
なかなか細かいディデールで、
ピストンロッドも動いたりします。
キーホルダー。裏面には
C57 1の諸元が記されています。
やまぐち号オレンジカード。
こちらは表紙です。
やまぐち号オレンジカード。
こちらは中身です。
駅前のレンタサイクル屋でもらった、
やまぐち号のイラスト。

それにしてもゆっくりとしたスピードで進む。
急勾配では止まってしまうのではないかと思える程だ。
まあ、昭和12年製の機関車だし、この位の方が景色をゆっくり眺められ、逆に嬉しい。
あっという間の二時間が過ぎ、終点の新山口に到着した。
やまぐち号の汽笛入り走行音声はこちら(04:16秒)
(客車の連結部分にて録音。台車の音がスピードの遅さを示しています)

新山口に着くと蒸気機関車はすぐに切り離されてしまい、急いで機関庫へ帰ってしまう。何だか淋しい。
代わりに真っ赤な機体の機関車が。「DD?」と思ったが、何とこれまた久しぶりの「DE10」である。
そそくさと作業を始める機関区員。その様子を必死に撮影する鉄道ファン。

疲れた私の目には、双方ともに黙々と仕事をこなす職人のようにしか映らない。
機関区員はDEやSLに対しての愛情はあるんだろうか。嫌々仕事をこなしているだけではないのだろうか。
撮影している鉄道ファンは何でこんなにも必死に撮影しているのだろう。
自らの仕事に対する感情を機関区員や鉄道ファンに当てはめてしまう。そんな嫌な自分が其処にいた。
辛いな、もうすぐ旅が終わってしまうからだ。気分がほんの少し鬱になった。

SL・・・幾らレトロな車両でも、自分がその時代に生きていなかったと言う点ではあまり感動できなかった。
むしろブルトレの方が付き合いが長い分、感情移入が出来るようだ。
良いとか悪いとかの話ではなく、車両(列車)の好みが分かれるという話である。
SLの寿命もそう長くはないだろうが、まだまだ存続されるであろう看板列車だし、
今は絶滅の危機に瀕している九州ブルトレの方が私には合っているようだ。
そう考えるとSLは外から眺めている方が楽しいし、ブルトレは乗っていた方が楽しいと思えてならなかった。

SLを切り離し、DEを連結する機関区員達。
DE10 1014
昭和45年製だ。もうすぐ40年目だね。
改造12系を引き、機関庫へ帰ろうとする
DE10。この頃SLは既に機関庫に格納中。

さて帰りもせっかくの寝台特急なので、出来るだけ長い時間乗っていたい。
新山口のホームで3時間近く待っているのもバカらしいので、下関まで戻ることに。
今から下関まで戻ると、下関での乗り換え時間は9分しかない。
だから夕食や明日の朝の分の食料調達は新山口でしかできないのだ。
 新山口駅スタンプ

新山口で予約しておいた駅弁を受け取り、明日の分の食料も買い込んで新山口18:12発の1563Mに乗り込む。
最近は駅弁もWEB上で予約が出来るので非常に便利だ。これなら食べたい駅弁が売り切れることはない。

下関行きの列車は意外に混んでいた。子供達はクロスシートの2席に座れたが、
私たち夫婦は立席のまま終点まで我慢した。

子供達の前の席は女子高生二人。息子のやつ、立場を利用して女子高生と仲良くなりやがって、
今回の旅行の一部始終を興奮しながら話している。また女子高生も子供の扱いが上手な人で、
息子の話に相づちを打ってくれている。
こういう女の子が将来保母さんになるのかなと想像してしまう。少しは父さんにも振れよな、息子よ(笑)

19:18下関に到着。女子高生にバイバイをする子供達。じゃあ、お父さんもバイバイ、はしなかった。
辺りは薄暗くなり始め、ストロボの無い撮影は厳しくなってきた。
乗り換え時間が短いので9番線まで早足で移動する。
下関のホームでは機関車のすげ替えがあるので、このホームは鉄道ファンで一杯だ。
それにしても疲れたなぁ、この時間で眠くなって来るとは・・・。
新山口から新幹線で帰れば東京駅には22:30頃に着くが、それから家まで帰るのは子供達にはきついだろう。
そう言う理由もあって帰りも寝台特急にしたのだ。

もしいつの日か山陰に来るときがあるなら、その時には寝台特急の選択肢は、良くてサンライズ位しか無いだろう。
いや、もしかしたら寝台特急の選択肢は存在しないかも知れない。

だから「はやぶさ・富士」のような、時間的に便利な列車を廃止にするなど本当にもったいない。
新幹線で来て一泊するか、飛行機で急いで来て、急いで帰るのか。
どちらにしても旅情も何もあったもんじゃないだろう。
臨時列車とかで残しておけないのかとか、色々妄想してしまう。
そんな思いを馳せながら、「はやぶさ・富士号」の入線を待つのであった。

帰りの寝台券。
楽しい夢を見させて下さいな。
やっと撮れた、下関のみすゞ看板
8/3はこのホームでの時間が無かった。
この日の座席状況。
ほぼ満席だ。

EF81に牽かれて入線してきた寝台特急。このブルーの車体を見るとどうしても鳥肌が立ってしまう。
そんな経験を持っているのは私だけだろうか。
帰りの寝床の車両は・・・「オハネ15-2」今度は白帯だ。
行きは「オハネ15-1」で帰りは「オハネ15-2」。
非情に嬉しかった。行きと帰りで寝台車両が連番だからと言って、何かがあるわけではないのだが。

そして我々を東京まで乗せてくれる機関車はEF65 53。行きの1レと同じ機関車だ。
「帰りもよろしくな」と66の側面に手を触れる。サイコメトラーではないが、
何かが伝わってくるような気がした。



早速乗車し、一区画に転がり込む。「これよ、これ。寝台の座席が一番落ち着くな」と私。
子供達はまたしてもアスレチック開始だ(笑)
発車するとすぐに車内放送だ、録音だ。
ハイケンスの頭を切ってしまったが、もう慣れてしまったので大丈夫(笑)
音声はこちら(04:42秒)

それにしても冷房が効き過ぎだ、寝間着や浴衣になれないほど車内は冷えている。
いや、車内が冷えているのではない、空調の吹き出し口からの風が冷たいのだ。
ならば吹き出し口を塞ぐ、あるいは空気の流れを変えればいいのだ。

考えた末、上段のカーテンを対面の上段まで延長し、その余った生地で吹き出し口を覆い、
空気の流れ先を荷物置きから通路側に抜けるように生地のチューブを作ってやるのだ。
そうすることで、冷たい空気は廊下側に流れ、寝台の部分は適温になるのだ。
この様に空調の吹き出し口を通路側に流してやる。こうすることで冷風を浴びなくて済むのだ。

さらに通路側に流れた冷気が寝台部分に流れ込んでこないように、下段どうしもカーテンで塞ぐ。
こうするとプライバシーも守れ、まるでBコンパートメントの四人個室のようだ。
温度も適温になり、快適になった。
開放部分をカーテンで塞いだ開放B。

時間も時間なので夕食を頂くことに。
私は「あなご飯」、妻は「小京都味巡り」、子供達は「むすび弁当」。
具を少しずつ分け合い、色々な味を楽しむ。どれもこれも美味しい。

こちらは「むすび弁当」。
複数のおにぎりが入っていて、
バラエティーに富んでいる。
新山口の駅弁「あなご飯」。
タレの味とご飯のバランスが絶品。


満腹になってのんびりする。そんな至高の時間が過ぎていく。
横になろうが縦になろうが制限のない座席なのだ。こんなに素敵な交通手段が他にあるだろうか。
乗車時間も遅かったせいか、辺りはすっかり真っ暗となる。
我々家族はスナック菓子をポリポリやりながら、親子でたわいない話をしている。
この時間はどこぞのCMではないが、まさにプライスレスだなと感じずには居られなかった。
夜も20時半を回り、徳山の手前で車内放送が入る。(30秒)

そして徳山を出発した後、本日のおやすみ放送が入る。(04:30秒)

放送も終わり、車内の照明が落とされた。また「蒼い流れ星」の時間が来たのだ。
EF66 53の牽く12両の流れ星達は、漆黒の闇の中を駆け抜けている。
妻と子供達は、長旅の疲れもあって早々と就寝している。
私が一人だけ窓の外を眺めている。またしてもセンチな気分になってきた。

一週間を振り返り、本当に色々あったなぁと、良かった点や反省すべき点などを
流れていく夜の街灯りを見ながらぼーっと考えてみたりする。
高速ですれ違う対向線路の車両達。踏切警報機のドップラー効果。
線路と並行して走る長距離トラック。
全てがこの列車のための演出のような気がしてならない。

夜も23時頃になり、さすがの私も長旅の疲れからか。脳の機能が働かなくなってきた。
この列車は寝台列車。寝るためにある列車なのだ。ならば寝るか。
自分を納得させて、「寝台」を心から満喫するため、昭和の寝床へ身を沈めた。
このまま朝が来なければ良いのに・・・・。

←前(ファイナルDDと海水浴)へ  次(終章)へ→